アート思考の往復思考:抽象化と具体化でアイデアを深め、形にする
アート思考は、既存の枠にとらわれず、自分自身の内面や問いと向き合いながら独自のアイデアを生み出すための強力なアプローチです。アイデアが出ない、あるいはありきたりなアイデアに終始してしまうといった課題に直面している場合、アート思考を取り入れることで新たな突破口が見つかる可能性があります。
中でも、アート思考における「抽象化」と「具体化」の往復思考は、アイデアを単なる思いつきで終わらせず、本質的な意味と強度を持った、枯渇しない発想の源泉へと昇華させる鍵となります。
アート思考における抽象化とは
抽象化とは、物事の細部から離れ、その本質や共通する原理、あるいは背後にある構造や概念を抽出しようとする思考プロセスです。アート思考において、この抽象化は以下のような意味合いを持ちます。
- 本質の探求: 目に見える現象や情報の表面だけでなく、「なぜそうなのか」「何が重要なのか」という問いを通じて、核となる意味や価値を見つけ出します。
- 視点の転換: 当たり前だと思っていることや、慣れ親しんだ見方から距離を置き、事象を異なる角度から捉え直します。これにより、新たな発見や違和感が生まれやすくなります。
- 可能性の拡張: 具体的な制約や既存のカテゴリから一旦離れることで、アイデアの可能性を無限に広げることができます。まだ形になっていない「問い」や「コンセプトの種」を捉える段階とも言えます。
例えば、ある商品の広告アイデアを考える際、単に「商品の機能」をリストアップするのではなく、「その商品が生活にもたらす本質的な変化は何か?」「人々がその商品に惹かれる根源的な感情は何か?」といった問いを立てることで、より深いレベルで抽象化を行います。
アート思考における具体化とは
具体化とは、抽象化によって捉えられた本質や概念、あるいはアイデアの種を、具体的な形や表現として外部にアウトプットしていくプロセスです。これもアート思考においては多義的かつ重要な段階です。
- 表現と実験: 抽象的なアイデアや感覚を、言葉、イメージ、スケッチ、プロトタイプなど、様々な方法で表現し、実験します。一つの抽象概念に対しても、複数の具体的な表現を試みることが重要です。
- 文脈への接続: アイデアを現実世界の文脈に接続し、他者にとって理解可能で、何らかのインパクトを与える形にします。広告プランニングにおいては、具体的なコピー、ビジュアル、企画内容などに落とし込む段階です。
- 試行錯誤と洗練: 具体化のプロセスを通じて、アイデアは検証され、磨かれていきます。頭の中だけでは気づかなかった課題や新たな可能性が、具体的な表現を通して見えてきます。
抽象化の例で挙げた商品の「生活にもたらす本質的な変化」という抽象概念を、具体的なキャッチコピー、CMの絵コンテ、店頭での体験デザインといった形で表現していくのが具体化のプロセスです。
アート思考の核となる「抽象⇔具体」の往復運動
アート思考の強力な点は、この抽象化と具体化を一方通行ではなく、繰り返し「往復」することにあります。
- 抽象化: まず、対象や問いを深く掘り下げ、本質を捉えます。
- 具体化: 捉えた本質を、何らかの具体的な形で表現してみます。
- 再抽象化: 具体化された表現を観察し、そこから新たな疑問や違和感、あるいはさらに深い本質が見えないかを探ります。「この表現は本当にあの本質を捉えているか?」「この具体的な形から、他にどんな意味が読み取れるか?」といった問いを立てます。
- 再具体化: 新たに見出された抽象的な視点をもとに、別の、あるいはより洗練された具体的な表現を試みます。
この循環的な往復運動こそが、アイデアに深みと独自性をもたらします。単にアイデアを出すだけでなく、そのアイデアが持つ「意味」や「意図」を徹底的に問い直し、多様な角度から検証し、最も響く形を見つけ出すことができます。
往復思考を実践するためのヒント
抽象化と具体化の往復思考を日々のアイデア創出プロセスに取り入れるために、いくつかの実践的なヒントがあります。
- 「なぜ?」を問い続ける: 見聞きするあらゆることに対し、「なぜそうなっているのか?」「それは何を意味するのか?」と繰り返し問いかける習慣をつけます。これが抽象化の強力なトリガーになります。
- アウトプットを恐れない: 頭の中にある抽象的なイメージや概念を、どんなに不完全でも良いので、言葉、絵、図、粘土細工など、何らかの具体的な形にしてみます。具体的なアウトプットがあることで、そこからさらに思考を深めることができます。
- 異なる領域を結びつける: 全く関係なさそうな二つの事柄を並べて、「共通点は何か?」「一方がもう一方の比喩にならないか?」と考えてみます。これは抽象的な共通項を見つけ出し、それを具体的なアイデアに接続する練習になります。
- フィードバックを抽象化の機会にする: 作成したアイデアや企画へのフィードバックを受けた際、単に修正点と捉えるだけでなく、「このフィードバックは何を本質的に示唆しているのか?」と抽象的に考え直します。そして、その洞察をもとに再度具体化を試みます。
- 「違和感」を大切にする: 具体化された形が、当初の抽象的なイメージや本質と少しずれている、あるいは何か「違う」と感じる場合、その違和感を無視せず、なぜそう感じるのかを深く掘り下げます。この違和感が新たな抽象化のきっかけとなることが多くあります。
まとめ
アート思考における抽象化と具体化の往復思考は、表面的なアイデアから脱却し、枯渇しない深い発想を生み出すための根幹をなすプロセスです。対象の本質を捉える抽象化と、それを多様な形で表現する具体化を繰り返し行うことで、アイデアは深まり、強度を増していきます。
日々の業務において、立ち止まって「なぜ?」と問いかけ、アイデアを言葉やビジュアルなど様々な方法で表現してみることから始めてみてください。この往復運動を意識的に行うことで、きっとアイデア創出の新たな地平が拓けることでしょう。