アート思考で「鑑賞」する:ありふれた情報からアイデアを生む視点
日常のインプットをアイデアの源泉に変える
広告プランナーとして、日々膨大な情報に触れていることと思います。市場データ、競合事例、トレンド、消費者インサイト、そしてクライアントからの様々な要望。これらを分析し、論理的に思考を積み重ねることは、質の高い企画を生み出す上で不可欠なプロセスです。
しかし、時には既存の分析フレームワークや情報収集の枠を超え、真に斬新で人の心を動かすアイデアが必要とされる場面に直面することもあるでしょう。多くの情報に触れても、どこかで見聞きしたことのあるアイデアの範疇を出ない、あるいは発想そのものに行き詰まりを感じる、といった課題は少なくないかもしれません。
ここでアート思考の視点が役立ちます。アート思考は、既存の論理や知識にとらわれず、自身の内面や感覚、そして対象との独特な関わり方を通じて新たな価値を見出そうとするアプローチです。特にアート思考における「鑑賞」のプロセスは、私たちが普段「情報」として一方的に受け流しているものから、アイデアの種を見つけ出すための強力なツールとなります。
アート思考における「鑑賞」とは
ビジネスや学術の世界における情報収集や分析は、多くの場合、特定の目的のために情報を分類、整理し、パターンや関連性を見出すことに焦点を当てます。もちろんこれは重要なスキルですが、時に情報の表面的な意味や機能に留まり、その奥にある複雑さ、曖昧さ、そして人々の感情や無意識に触れる機会を見過ごしてしまうことがあります。
一方、アート思考における「鑑賞」は、対象を単なる情報やデータとしてではなく、固有の存在として、じっくりと時間をかけて、様々な角度から、そして自分自身の内面と対話しながら受け止めるプロセスです。それは、作品が持つ表面的なメッセージだけでなく、色や形が自分にどう響くか、素材の質感から何を感じるか、作者の意図は何か、時代背景や社会との関係性はどうか、そしてそれら全てが自分自身の経験や感情とどう結びつくのか、といった多層的な問いを立て、探求することを含みます。
このプロセスでは、「正解」や「効率」よりも、対象との間に生まれる「違和感」「共鳴」「問い」といった、感情や感覚に寄り添うことが重視されます。論理だけでなく、直感や無意識も大切なセンサーとなるのです。
インプットを「アート」として鑑賞するステップ
日常的に触れる情報や既存の広告事例などを、アート思考の「鑑賞」の視点から捉え直すことで、アイデアの枯渇を防ぎ、新たな発想を生み出すことができます。以下にそのステップをご紹介します。
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対象を選ぶ、または立ち止まる: 意識的に「鑑賞」の対象を選んでみましょう。それは特定の広告キャンペーンでも良いですし、日常で目にした商品パッケージ、SNSで見かけた投稿、街中の風景、ニュース記事の見出しなど、何でも構いません。重要なのは、普段なら目的もなく流し見てしまうようなものに対し、「これは何だろう?」「なぜこれが気になるのだろう?」と意識的に立ち止まることです。
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多角的に「感じる」: 対象から得られる情報を、単なる事実やデータとしてではなく、五感や感情を通じて感じ取ります。例えば、広告であればコピーの意味だけでなく、デザインの色合い、フォントの印象、写真の雰囲気、そこに写る人物の表情から何を感じるか。ニュース記事であれば、内容だけでなく、見出しの言葉選びからどんな意図や感情が伝わるか、といった点に意識を向けます。論理的な分析は一旦脇に置き、「好き」「嫌い」「心地よい」「ざわざわする」「面白い」「変だ」といった素直な感情を大切にします。
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「問い」を立て、深掘りする: 感じたことや心に引っかかったことを起点に、様々な「問い」を立てます。
- なぜ私はこれに惹かれた(あるいは違和感を覚えた)のだろう?
- この表現の背後には、どのような意図や考えがあるのだろう?
- この情報は、どのような社会的な文脈や人々の感情と繋がっているのだろう?
- もし私がこれを創るなら、どう違っただろうか?
- この要素を別のものと組み合わせたら、どうなるだろうか? これらの問いは、対象の表面をなぞるだけでなく、その深層や関連性を探るガイドとなります。
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自身の内面と対話する: 対象から得た感覚や問いを、自身の経験、知識、価値観と照らし合わせます。対象と自分自身との間にどのような「対話」が生まれるかを探ります。過去の成功体験や失敗、個人的な関心事などが、対象への新たな視点を与えてくれることがあります。
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記録し、「かたち」にする: 鑑賞を通じて感じたこと、考えたこと、生まれた問いやひらめきを、何らかの形で記録します。言葉でメモするだけでなく、簡単なスケッチを描いたり、関連するイメージを集めたり、マインドマップを作成したりすることも有効です。思考を「かたち」にすることで、曖昧だったものが明確になり、次の発想へと繋がりやすくなります。
鑑賞からアイデアへの転換
「鑑賞」のプロセスで見出した「問い」「違和感」「洞察」こそが、アイデアの貴重な種となります。これらの種を、具体的なアイデアへと育てていくためには、いくつかの方法があります。
- 異質なものの組み合わせ: 鑑賞を通じて得られた、一見関係のない複数の種(異なる対象から得た洞察、あるいは一つの対象から得た複数の問い)を意図的に組み合わせてみます。例えば、ある広告のトーンから感じた情感と、別のニュース記事から得た社会課題への洞察を組み合わせ、「情感を込めて社会課題に触れる」というアイデアの方向性を見出すなどです。
- 視点の転換: 鑑賞で問いを立てる過程で得られた、多様な視点(作り手の意図、消費者の無意識、社会構造など)を活用します。普段は消費者視点で見ている商品を、製造者の視点、あるいは未来の歴史家の視点から見てみることで、既存の枠にとらわれない切り口が生まれることがあります。
- 既存手法との連携: 鑑賞で得た種を、ブレインストーミングやマンダラート、KJ法といった既存のアイデア発想フレームワークに投入します。通常、これらの手法では事前に定義された情報を使いますが、鑑賞で得た主観的で感情的な情報や、明確な言葉にならない「違和感」などを入力とすることで、予測不能で面白いアウトプットが得られることがあります。
枯渇しないアイデアの源泉としての鑑賞習慣
アート思考による「鑑賞」は、単発のアイデアを生むだけでなく、持続的にアイデアを生み出し続けるためのマインドセットと習慣を育みます。情報過多な現代において、私たちは多くの情報に触れながらも、その多くを見過ごし、あるいは既知のパターンに当てはめて処理してしまいがちです。しかし、日常的に物事を「鑑賞」する視点を持つことで、これまで見過ごしていた「ありふれた情報」の中に潜む可能性や、既存の概念では捉えきれない複雑さ、豊かさに気づくことができるようになります。
この習慣は、世界に対する自身の感受性を高め、常に新しい問いや洞察を生み出し続けるエンジンとなります。アイデアの枯渇を感じる時、それは情報の量が足りないのではなく、情報の「見方」、つまり「鑑賞」の深さが足りないのかもしれません。
まとめ
アート思考における「鑑賞」の視点は、広告プランニングにおけるアイデア創出において、既存の情報収集や分析に新たな次元をもたらします。日常的に触れるありふれた情報や既存の事例を、アート作品に向き合うように多角的、感情的、そして内省的に捉え直すことで、表層的な理解を超えた深い洞察や、意外なアイデアの種を見つけ出すことができます。
この「鑑賞」のプロセスを通じて得られた「問い」や「違和感」は、異質なものの組み合わせや視点転換を促し、斬新なアイデアへと繋がります。そして、この「鑑賞」を日々の習慣とすることで、常に新しい視点と問いを持ち続け、アイデアの枯渇を防ぎ、持続的な発想を可能にするマインドセットが育まれます。今日からぜひ、身の回りの「情報」を「アート」として鑑賞する意識を持ってみてください。そこから、あなたのアイデアの新しい扉が開かれるかもしれません。